夕食後にパソコンで作業していると珍しく妻が顔を出した。
「ねぇねぇ、もしかしたら今日産まれるかもしれないよ」
びっくりして振り返る。
「なんかおしるしがちょっと出てる」
そういえば数日前にも少し出血したらしく「おしるしかなぁ?」なんて話していた覚えがあるが結局何事も無かった。
「予定日まではまだ10日ぐらいあるしまだじゃないの?」
まだまだだと思ってる僕は真剣に受け止めていない。
「まだだと思うけどもしかしたらはあるかもしれないでしょ」
妻は一応報告しただけとリビングへと戻って行く。
「そうだね。なんか変化あったら教えて。」
背中越しに声をかけた。
既に妻は臨月。
予定日は10日後の9月28日だと聞いていた。
まだ日にちもあるし初めての事でどんな風に過ごせばいいかも分からないしでいつも通り過ごしていた。
僕らはライブ好きなので毎月のように色んなライブに出掛けていたが昨日もいつものようにEGOISTのライブに行ったばかりだったし、今日も家具を買いに行った後デパートで出産後退院した時に着る服を揃えたりとアクティブに動き回っていた。< /p>
店員さんと話す度に出産近いのに大丈夫なんですかと心配されてたがそれでも当の僕らは至っていつも通りの日常を過ごしていた。
つまりまだまだだと少なくとも僕はたかを括っていたのだ。
この時はまだ。
「ねぇ起きて!陣痛始まったぽい。」
完全にいつも通りベッドで爆睡していた僕は飛び起きる。時計は3時を指していた。
「病院今から行く?」
当たり前の事しか聞けない間抜けさだ。
「一応もう少し様子みてから電話してみるからまだ寝ててもいいよ」
流石に女性は落ち着いている。
「分かった」
返事をして早速またベッドに戻る。
どれくらい経ったのか妻の呼ぶ声で目覚める。
「やっぱり陣痛早くなって来た。さっき電話したら朝6時ぐらいになっても陣痛あるようだったら病院に来なさいって言われた。」
時々固まって痛たたたと陣痛に耐えながら妻が話す。
「分かった」
流石にこちらも頭が回り出す。
「どうしようか?タクシーだよね」
2年前から車はカーシェアを使っている僕らにはカーシェアかタクシーかの選択になるがレンタル時間がハッキリしない今回はタクシー一択だ。
「もう6時に呼んである」
やっぱり女性の方が気が回るようだ。
「じゃあ準備する」
そそくさと着替えるととりあえず妻の準備を手伝う事にする。
「何か手伝う事ある?」
「そのスーツケースにそこの荷物を詰めて閉めてくれる?」
なんと準備がいいのだろう。僕の知らない間にいつの間にか準備は着々と進められていたようだ。
そうこうしている間に陣痛の間隔も短くなって6時を迎えていた。
「もうタクシー来るし行こうか」
タクシーに乗ると僕は痛がっている妻の写真を撮った。
「ちょっと!すっぴん!!」
「いいじゃん記録なんだから。」
「よくない!!」
聞き流して痛がって抵抗のできない妻にここぞとばかり僕は好き勝手するとさらりと話を変える。
「お袋に連絡しとくよ」
前もって出産の時にはお袋に来てもらえるように話をしていた。しかし僕の実家から車で4、5時間はかかる。早めに連絡する必要があった。
【陣痛始まったから病院今から行くよ】
LINEで報告だけ入れておいた。
病院に着くと早速陣痛の間隔を測る機器を付けられる。
トクントクントクン。
赤ちゃんの心音がスピーカー越しに聞こえてくる。
更に陣痛に合わせてデジタル表示の数値が上昇していく。
「最近の出産はハイテクなんだなぁ」
感心しながら1人つぶやいた。
記録を終えた助産師さんが説明してくれる。
「今陣痛が3分間隔で子宮口が3センチ開いてます。
出産までに10センチまで開く必要があるので、
15時ぐらいに産まれれば順調な方ですね。」
「それ結構時間かかるな・・・」と考えつつも分かりましたと返事をした。
その後ほ個室へと案内されて移動になった。
妻は変わらず時々痛たたたと我慢しているがそれを横目に個室のソファでふぅと一息つく。
しかしやることも無いので痛がる妻の腰をさすってやるがさすりだしてしばらくすると痛みが引くのか嘘みたいにケロッとしている。
そうこうしてるとまた助産師さんがやって来て例の機器で間隔を計測する。
「少し間隔が開いてきてますね。」
計測結果を見ながら助産師さんに告げられる。
短くなるんじゃなかったの!?と不思議に思っていると
「よくある事なんですよ。」
と察しがいいのか教えてくれるが
「それじゃまた定期的に測りに来ますね。」
そう言ってさっさと出ていってしまった。
「こりゃ長くなるかもだねぇ」
話しかけてみるが妻は陣痛の波が来ていてそれどころではない。
腰をさすってやる。そして波が引く。いつ終わるともしれない痛みとの闘いで妻は段々疲弊してきている。僕の方は痛くはないけれどあんまり眠れてないので眠気と闘っていた。
どれくらい過ぎたのか、、、
時計を見ると14時を過ぎている。最初に言われた15時という時間はもうすぐだ。どうやら順調ではないらしい。そこでまた計測を終えた助産師さんの口から更に驚きの言葉が零れる。
「どうします?一旦帰る?」
あっけに取られる僕を尻目に続ける。
「ここに来た時が3分間隔だったんだけど今が6分間隔に開いてきちゃってて子宮口も3センチのままだから一旦帰って様子見てまた間隔が短くなったら来て貰ってもいいわよ。」
「そんなもんですか?」
何せ妻も僕も初めての経験なので普通が分からない。
「よくあるわね。多い人だと3回くらい来たり帰ったりする事もあるわよ。」
驚いて妻と顔を見合わせる。
「陣痛促進剤とか使うことになるんですか?」
妻がそれっぽい事を聞いてみるが返ってきたのはこれまた予想とは違う答えだった。
「予定日を大幅に過ぎてたり破水してたりしたら促進剤使ったりするけど今回は予定日も10日以上先だし破水した訳でもないから打つ理由が無いのよ」
つまりこのまま自然にその時が来るまで頑張れという事だなと理解して
「分かりました。もう少しここで様子見てみます」と答える。
助産師さんが出ていくとすぐに二人でどうしようかと話しだす、そういえばお母さん遅いねと言われてはたと気付いて現状をLINEで知らせた。
しかしながら陣痛は待ってくれない。間隔が開こうが子宮口が開くまいが妻の痛みが無くなるわけではない。苦痛に耐える妻をさすってやる。
しばらくして一息ついてソファに座ると急に妻がトイレに駆け込んだ。
と同時に嘔吐する声が聞こえくる。
「大丈夫?」
呼び掛けつつもナースコールをする。
すぐに看護婦さんがやってきて掃除をしてくれて手早く妻を着替えさせてくれた。
幸い夜中から何も食べてなかったので嘔吐したのは直前に飲んだお茶だけだったが、流石に産院、念入りに消毒だけはしていた。
この妻の体調の変化によって帰宅の方針は無くなり、僕は産院面会時間の20時までいられるがそれまでに産まれなければ一旦僕だけ帰って翌朝また来てくれと告げられる。
何とかならないのかなぁと思いながらもはっきり言って何の役にも立たないまま睡魔に襲わてソファでウトウトしてるとそこにまた助産師さんが測定に来た。
男の僕は外に出され待合室で待っていると助産師さんが測定を終えて出てきた。
「陣痛の間隔は五分ぐらいになってるけど来た時と子宮口がほとんど変わらないから旦那さん泊まってもいいけどどうするか奥さんと相談してみて、私が今日当直でいるからそれまでに産まれるといいわね。」
「分かりました。相談してみます」
努めて明るく答えたが内心は
つまり朝までに産まれるといいわねということかぁと更なる道程に打ちのめされながら個室に戻ると、外からお袋が新生児室にいる赤ちゃんのママさんと話す声が聞こえてきた。
扉を開けて顔を見せると
「大丈夫?」と入ってきた。
「お袋遅かったな。遠い所ありがとう。今ちょっと体調悪くなって戻しちゃったんだけどまだ産まれる気配が無くて一旦帰ったらとか言われちゃってさぁ。」
と現状を説明する。
それからお袋も妻を励ましたり自分の時の話をしたりと妻の気を紛らわせてくれていたが結局陣痛が進まない事にはどうにもならない。
二人で痛みと闘ってたのが三人に増えただけである。
時間だけが空しく経過していく中
妻に繋がれた機器から聞こえる赤ちゃんの心音だけが響く静かな部屋で
陣痛を示す数値の上下をお袋と見つめながら
さっき助産師さんに朝までに産まれるといいわねって言われたよと伝えると
「それじゃ私も夕方に一旦帰ろうかな。」
「そうだね。陣痛進まないことにはどうにもならないし、僕も20時には帰るよ。」
とお袋もこのままなら一旦帰る流れになった。
残念ながらその後も陣痛は進まず夕方になりお袋を見送ることになる。
「お袋わざわざ来てもらったのに申し訳なかったね。ありがとう。
気をつけて帰ってくれよ。」
お袋はこれからまた、5時間のドライブである。
想像して素直に感謝した。
お袋を見送ると僕は妻に何か必要なものがないか確認してコンビニに買いに行くことにした。
残念ながら近くにコンビニはなく歩きだと 往復で1時間弱の時間がかかってしまったが ポカリスエットやウイダーinゼリーなど必要なものをそろえることができた。
そうこうしていると面会時間終了の20時がやってきた。
「頑張れよ。何か変化があったらすぐ連絡してね。」
それだけ伝えると陣痛に耐える妻を尻目に産院を後にした。
僕は結局何の役にも立たないままそのままバスで帰ることになったのだ。
帰りのバスの中で睡眠不足を埋めるように眠りこけ危うく乗り過ごすところだったがなんとか家に帰り着くことができた。
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