分娩台の上に寝かされる妻。
いよいよ産まれるんだろうか・・・
そう考えていたが助産師さんは
「私今日もう一人、出産があるからずっとここにはいられないから交互にくるからね」
そう言い残すと僕たち二人をおいてさっさと出て行ってしまった。
さて痛みの強くなった妻と二人第2ラウンドの幕開けである。
と言うか陣痛が始まって24時間以上が経ち日付も変わり文字通りの二日目である。
激痛に耐える妻は眠気などあるはずもなく必死に痛みと戦っている。
しかしながら痛みのない僕は容赦なく襲ってくる睡魔と戦うだけでも必死である。
さらにさすがに腹が減ってきた。
昨晩最初に産院に来る時に コンビニに寄って買ってきたパンが確かあったはずだと思い出し、眠気まなこで一人個室へと取りに行く。
貪るように食べるとまた、妻のお尻の穴を定期的に押さえる。こういう場面でなければ完全に間抜けな姿である。
それでも子宮口が完全に開かないのか出産には至らない。
痛みのない励ますだけの僕でも活動限界が近づき、機械に表示される数値が下がり痛みの波がひいてきたかなと思うとすぐ分娩台の横にあるソファーに座り短い眠りに落ちていた。
そんな僕を見かねたのか助産師さんが
「向こうの待合室で待ってていいよ、産まれる時には呼んであげるから。」
と言ってくれた。
一安心して待合室のソファーに向かい時計を見ると6時を過ぎていた。
お昼ぐらいになればさすがに産まれるのかなと考えながら
よろよろとソファーに座り込むとすぐに眠りへと落ちた。
のも束の間・・・
「どうぞ来てください。」
とすぐに看護師さんが呼びに来た。
いきなりの急展開だなと思いながらも 驚きで眼は完全に覚めている。
急いで分娩室に戻ると目に飛び込んできたのは分娩台で足を開き臨戦態勢に入った妻と傍らでそれを支える助産師さんとドクターの姿だった。
「こちらにどうぞ」と妻の頭の横に案内されるが、大きく開かれた妻の股間に衝撃を受ける。
血だらけじゃん・・・・
しかし今はそんなことを考えている場合ではない、妻のそばに駆け寄る。
「旦那さん来ましたよ。さあもうちょっとです。頑張って。」
「はぁぁあああああああああ!くぅううううううううう!はあぁぁ!」
妻はすでにしゃべれるような状況ではない。
僕は肩に手を乗せると「頑張れ!頑張れ!」と声をかけ続ける。
「はい。しっかり息を吸って。!」
助産師さんが的確に指示を出す。
波が引いてきたようだ。
指示を出しながら助産師さんは消毒液を染み込ませた野球ボールほどの大きさの 脱脂綿で両手を消毒している。
ヨードチンキなのかな?そう考えながら見ていると
妻の股間は血まみれじゃなくて消毒液で赤くなってたのかと、はたと気がついた。
よくよく考えてみると出産前から血だらけになるはずがないのだが、こちらも初めてのことで一瞬ではそこまで頭が回らなかった。
この部屋にいる全員が次の波が来るまでのわずかな時間で再度体勢を整えている。
「 次の波が来たら 出しちゃいますよ。」
そう言われて
【やばいこの瞬間こそ撮影しなきゃだろ!】
と気づいて撮影しようとするがスマホが手元にない。
先ほどこの部屋で力尽きてソファーに倒れ込んでいた時に充電器にさしたままだった。
妻の傍に立ち肩に手を置いている状況である。ここからスマホを取りに行くには看護師さんの横を通り、 足を開いた妻の正面に周り助産師さんとドクターの後ろを通り置いてある器具を避けながらソファーの横に行く必要がある。
この緊迫した状況ではさすがにそこまで非常識な行動は取れそうになかった。
2秒で諦めると代わりにしっかりと観察することにした。
妻以外の全員が妻に繋がれた機器が示す数値を観察している。
少しずつ数値が上がってくる。
「さあしっかり足を持って、はい、いきんで。」
助産師さんの指示が飛ぶ。
「っはぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!うぁぁぁあぁぁぁぁっ!」
妻の必死な声が響く。
「もう赤ちゃんそこまで来てますからね。」
上から覗き込んでみるがまだ赤ちゃんの姿は確認できない。
「くあぁぁぁぁぁぁっ!うぅぅぅぅぅぅぅっくぁぁああぁぁぁ!」
「ほらもう頭が出てきてますよ。 」
そう言われて凝視する。妻からは見えないようだが肩口からは 赤ちゃんの黒い頭髪が出てきているのが見えてきた。
「頑張れ!!頑張れ!!頑張れ!!」
妻の肩を軽く叩きながら繰り返し励ます。
無情にも数値は下がり始めている。
「はい息を吸って。一旦戻しますよ。次の波で頑張って出してしまいましょうね。」
そう言うと助産師さんは少し出てきていた頭を手で押し戻す。
それから消毒ボールを手に取ると指で妻の性器を開きながら消毒していく。
押し戻したりするんだなぁと はじめての出来事ひとつひとつに 面食らいながらもじっと観察する。
「赤ちゃんは心音もしっかりしてるし元気だから大丈夫ですよ。もう次で出ますよ。」
さすがに助産師さんは落ち着いている。
そういう僕も聞いていたほど感動しないのかなと思いながらも割と冷静に観察していた。
妻はと言うとただただ必死で今はわずかな休息で息を整えている。
額に浮かんだ汗をタオルで拭ってやっていると
間髪開けず数値が上昇を始めた。
「 しっかり息を吸っていきんで。」
助産師さんの指示が飛んだ。
「っっくぅああああああぁぁぁぁっあああああぁぁぁあああっぁああああ!!!」
妻が渾身の力を込める。
押し戻されていた頭が再度視界に飛び込んでくる。
「 さぁもう頭半分ぐらい出てきましたよ。」
そう言うと助産師さんも赤ちゃんを引き出しにかかる。
「くわぁぁああああぁぁぁっ!ううぅぅぅぅぅああああぁぁぁ!」
短く息を吸うと妻が力を振り絞る。
半分ほど出ていた頭がほぼ全て出てきた。
助産師さんがすかさず顎に手をかける。
【頭が出てもまだ泣かないんだな】 そう思いながらも僕は
「頑張れ!頑張れ!もう少しだ。頑張れ!」
と声をかけ続ける。
「さああと肩だしてあげちゃいましょうね。もう少しですよ。」
助産師さんが優しく励ます。
するとここまで来て初めてドクターが動いた。
カチャカチャと置いてあった器具に手を伸ばすと、
「ちょっと熱いような感じがしますよ。 」
と妻に声をかけると手にしたハサミで パチンと出口を切り開いた。
会陰切開キタコレ!!
出産前に妻に散々「産む時って切られるらしいね。痛そうだねぇ。切らないでって頼む人いるらしいよ。」と話していたのだ。
【あぁ、切られちゃったな】と冷静に見ていたが
妻は痛がる様子もなかった。
出口も広がりやすくなったところで、 いよいよ最終フェーズに移行する。
「さあ頑張って。 しっかり息を吸って、いきんで。」
助産師さんが声をかける。
「はぁあああああああああぁぁぁっ!!ふぁぁああああああああああああぁぁぁっ!!!」
妻が全力で力を振り絞る。
「片方の肩まで出てきましたよ。さあもう少し!!」
「もう少し!もう少しだ!頑張れ!」
少しずつ出てくる赤ちゃんを見ていると自然とこちらも声が出る。
「うあああああぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
妻が最後の力を振り絞る。
「はい。お母さん、産まれますよ!」
そう言って助産師さんが妻と呼吸を合わせると、頭と片方の肩まで出てきていた赤ちゃんがするりと全部外に出てきた。
【やった!産まれた!!】
喜びで一人息を飲んだ。
刹那の沈黙・・・・
「オギャー!!!」
沈黙を切り裂き、この世界に生まれ落ちた喜びを表現するかのように産声をあげた。
分娩室の中が喜びにつつまれる。
「おめでとうございます。お母さん。元気な男の子ですよ。」
「良かった 。無事産まれた。」
ひとりでに口をついた言葉と同時に、僕の目からは涙が溢れていた。
【 よかった。よかった。よかった。】
安堵が溢れてくる。
「ありがとう。よく頑張ったね。ありがとう。」
妻への感謝の気持ちでいっぱいになった僕は涙ながらに気持ちを伝える。
「あーあー。泣いちゃったね。」
頑張った妻の方が終わってみるとけろっとしている。
「それじゃあ今から赤ちゃん綺麗にしますから旦那さんは待合室の方で待っていてもらえますか?」
そう言われて妻にそれじゃ後でと言うと涙を拭きながら分娩室を出る。
「なんだこれ。なんだこれ。」
言いようのない溢れてくる気持ちと涙に困惑しながら待合室へと向かう。
待合室に着くとさっきまで消えていたテレビがついていたが写っているのは朝のニュースではなく 生後検査をしている生まれて間もない息子の姿だった。
食い入るようにそれを見ていると看護師さんが通ったので分娩室にある僕のスマホ
をとってきてもらうように頼んだ。
ほどなく僕のスマホを持って戻ってきた看護師さんに再確認しておく。
「何時に産まれるましたか?」
「6時48分でしたよ。」
「ありがとうございます。」
早速スマホでテレビ画面を動画で撮る。
しばらくして落ち着いてきたので計算してみる。
最初の陣痛から 27時間と30分が経過していた。
実に長い戦いだったが分娩台で臨戦態勢に入ってからは15分ほどで無事出産することができた。
何よりも五体満足で産まれてきてくれたことが嬉しかった。自分で思っていた以上に実は不安だったんだなと実感した。
テレビ画面の動画を撮りまくり、 LINEで家族に出産を知らせていると検査が終わりましたよと看護師さんが呼びに来た。
分娩室に向かうと疲れ果てて横になっている妻がいた。
そばに歩み寄り 優しく頬にキスをして、
「ありがとう。お疲れ様でした。」
と、もう一度感謝の気持ちを伝えた。
そこに検査を終え綺麗になった息子が看護師に連れられてきた。
妻の横におくるみに包まれた産まれたばかりの息子を寝かせてもらう。
愛おしそうに見つめる妻。
「それでは記念撮影しますね 。」
と看護師が写真を撮ってくれる。
せっかくなので僕のスマホでも撮ってもらう。
一番最初の家族写真だ。
心からの幸せな想いと最高の笑顔で思い出に残すことができた。
もし次があれば今度はその瞬間を動画に撮ろう。
次の目標もできた 。
長かったけれども本当に充実した出来事だった。
もしもあなたがこれから先、出産に立ち会う機会に恵まれることがあるならばそれは絶対に立ち会った方がいい。
自分の子供の誕生の瞬間に溢れ出るあの感情は経験するべきだし、そんなチャンスはそうそうないから。
僕の体験記があなたの感動の道しるべになることを願って。
最後に一言
「息子よ!ようこそ世界へ!!」